2008年10月21日火曜日

三旧研の講演会情報です。

お久しぶりです。
ばたばたとした日々、なかなか落ち着かない日々の続く管理人です。
さて、秋本番ですねぇ。行楽・芸術・食欲・・・などいろいろな秋ですが、学問の秋でもありますよね。

今回は、そんなことにちなみ、当研究会代表・三枝健二氏の講演会と学会発表の情報をお届けいたします。

【講演会】
①久井町郷土文化愛好会20周年記念事業講演会
 「莇原垣内遺跡と広島の旧石器文化」
 日時 平成20年10月23日(木)午後1時30分から
 場所 広島県三原市久井町和草 久井保健福祉センター研修室(くい文化センター北側)

【学会発表】
②広島史学研究会2008年度大会考古学部会
 「三次盆地の旧石器文化-再報告資料の検討から-」
 日時 平成20年10月26日(日)午前10時10分から10時35分ころまで
 場所 広島大学文学研究科棟(広島県東広島市西条町鏡山)1階 B104教室

2008年9月29日月曜日

下本谷遺跡世界遺産登録について!?(その3)

笑ってください、とばかり言えないことが続発する世の中です。

今回の下本谷遺跡世界遺産登録シリーズは、少し方向がズレて、賞味期限についてのぼやきから・・・。

近頃想像するんです。いつか保健所が我が家の冷蔵庫をチェックし、賞味期限切れ食品所持で指導を受けるのではないかと(笑)。
偽装や疑惑が食品に付けられる言葉になるなんて・・・。しかし、この言葉。歴史についてはずいぶん前から登場していました。何せクイズで「捏造」という言葉が旧石器のヒントになるくらいですからねぇ。

さて、本題に入りましょう。「賞味期限」について。ただし、遺物や遺跡そのものではありません。ここでいう「賞味」とは、主として発掘調査を指します。私はそれに期限を用いることが必要なのではないかと感じているのです。例えば『試掘』に関しては“あり”ではないでしょうか。

試掘調査とは、遺跡の有無を確認するための調査手段のひとつです。そもそも、わが国における発掘調査の大半の原因は、開発に伴う緊急調査なんですが、調査を行なうのかどうかは、(緊急調査の場合は)開発予定地に遺跡が有るか無いか。ということが基準になります。試掘調査は主として該当する遺跡の所在する自治体の教育委員会等が実施することが多いです。

しかし、私は思うんです。この試掘調査結果が、調査事例の増加や研究の進歩に必ずしも反映されず、対応し切れていないのではないか?と。
ゆえに、「この付近の遺跡の有無は10年前に確認した(らしい)」とか「“何も無かった”と記録されている(らしい)」という理由で進められている。という現状もあります。

このような現状に対して、ぜひ試掘調査結果の『賞味期限』導入をしたいと思いませんか?その記録の提示は勿論のこと(らしいだけで記録を見た人はいないとか)、調査の精度や意識にも疑問を感じています。

『賞味』される以前に『廃棄』されてしまっていることへの怒りを込めて、3年を超える試掘結果は期限切れとすべし!如何ですか?世界遺産前文の『顕著な普遍的価値』を自分の気になる遺跡に当てて、ブランド化しようとしていると苦笑された皆さん!周知の遺跡に対する保護行政が行政内部すら周知化されていないのではないかと不安になる現状に対し、研究と学習、楽しい活動をしたいと願っています。世界遺産と聞いたら下本谷遺跡を思い出してニヤリしていただければ幸いです。 つづく ○

2008年9月17日水曜日

下本谷遺跡世界遺産登録について!?(その2)

↑↑↑まったく何を考えているのだろう、と呆れた皆さまにご報告です。

この時期三旧研の代表が遠方へ出掛けると台風が来ます。
まぁこれも私が勝手にジンクス化して笑っているのですが、ゆっくり西日本に向かっているそうなのでご注意ください。

さて、前回の続き・・・。世界遺産についてです。
 
世界遺産にしたい!とは言っても、別に下本谷遺跡の旧石器に「最古」と付けようなどとは考えてはいません。
また、“古いからすごい…”なんて主張をしたいがために世界遺産を持ち出した訳ではないことをご理解ください。

というより、まずは『どうなんだ?』とより多くの研究者の方々に問いかけたいんです。

私は、認識の無いまま日々文化財が壊され続けている絶望感を、少しでも前向きにしていくために下本谷を砦に「戦う」のではなく(笑)、勉強したいと考えているんです。
ただし、下本谷の旧石器は本当にかなり古そうだと思いますので、今後、当三旧研で下本谷や備北地域の旧石器をどう捉えていくのか、会員ながら期待しています。

世界遺産暫定リストは、推薦された遺跡の価値を幅広く比較研究するために用いられているそうです。
地元の方々は勿論、皆さんの心のリストに登録していただけたら嬉しいです。
つづく ○

2008年9月12日金曜日

下本谷遺跡世界遺産登録について!?

みなさま、いつも当ブログをご愛読頂き有難うございます。
本日は、当研究会会員からいただいた下本谷遺跡に関する投稿をご覧ください。
なんと!壮大な計画のようですよ!!


 笑わないでください。我が三旧研において・・・いや私が勝手に言い出しているだけなのですが、実は下本谷遺跡の世界遺産化を狙っています!

 下本谷遺跡とは、何度とこのブログでも名前が登場しますし、三次旧石器文化研究会発足の契機ともなった遺跡です。この下本谷遺跡の範囲のうち、発掘調査によって明らかとなった三次郡衙跡(推定)については、広島県史跡に指定されています。

 現在、そこには、畑が広がり、民家があり、寺院があります。そしてそこには、私の知人が眠る墓所があります。このように、下本谷遺跡は今も人々の生活が息づく一方、過去の道路開発等によって分断された状態で保存されている遺跡です。
 しかし、下本谷遺跡が旧石器時代の遺跡であるということについては、まだまだ周知不足というか、"おもしろいぞう"と叫んでも捏造事件の後遺症か旧石器の分かりにくさ故なのか、肝心の三次市で盛り上がりません。

 もちろん、遺跡は現在の生活の場である訳で、その「盛り上がり」によって悪い影響を受けるのでは、住民の方々にとって、決して快いものではないでしょう。

 いったい、"暮らし"と"遺跡保護"は「歴史」というステージでどう融合していけるのだろうか。また、その遺跡の価値や保護の意義が「歴史」に消滅しないためにはどうすればよいのだろう・・・。

 そんなことを考えながら、そこに住む人々が楽しく誇らしく生活する場所であることを第一に、遺跡を守りたい、知りたいという気持ちをこめて、下本谷遺跡を世界遺産にしようとつぶやいているんです。
 
 《人類の創造的才能を現す傑作であること》から始まる世界遺産の登録基準を読んでみました。
 旧石器時代における下本谷遺跡は、この《すでに消滅してしまった文化的伝統や文明に関する独特のあるいは稀な証拠を示している》と思うのですが・・・。

 今、日本で唯一歓迎される文化財保護は世界遺産なのではないかという浅はかな下心が見えた方は、どうぞ笑ってください。      つづく ○

2008年9月4日木曜日

いったい?

記念すべきアクセス2222は、一体どなただったのでしょう?
ご連絡するすべも無く・・・とにかくおめでとうございます。
やはり、同じ数字が並ぶというのは気持ちよい!
ただそれだけのことなんですが・・・

2008年8月25日月曜日

戸田正勝先生来広!三旧研~夏の勉強会~開催③

 こなさん、みんばんわ。あれ?間違えましたね。
 当ブログをごらんのみなさん、こんばんわ。
 三次は、朝晩は薄着では寒いくらいの時が訪れております。なんでも、市内三良坂町の灰塚ダムの貯水率がこの雨不足により僅少となっているとの情報を先般の報道で知りました。農業用水に関しては調整がなされるとのこと。

 私、ブログ管理人にとりまして、これほどの水不足を経験した記憶はなく、驚きと戸惑いを感じています。幸い、生活用水は制限無いようですが、これから先のことを考えますと、やはり、ひとりひとり、節水に心がけることが大事であると感じました。とりあえず、家の水道メーターについている水栓を絞りました。節約にもつながれば・・・。とひそかな期待です。

 さあ、前置きのつまんないのがいつも長いので申し訳ありませんが、今回も当研究会会員で栃木県・國學院大學栃木短期大學の戸田正勝先生をお招きし、勉強会を実施した話題をお届けいたします。今回は、7月21日に実施した三次市内旧石器時代遺跡見学の模様についてお伝えいたします。









右写真①】
市内某所。このような露出した部分の地層などに注意し、見学しました。


市内のビジネスホテル前に集合し、出発し、まずは下本谷遺跡へ。配水地地点や最高所地点を見学しました。その後、矢谷墳丘墓へ。



右写真②】
矢谷墳丘墓での一行。奥に見える山並みは、三次盆地の北際を成す部分であり、天然記念物となっている船佐山内逆断層帯の走る部分でもある。
三次盆地はこれらの土地が隆起した後、無数の河川により侵食が進んだ結果、現在のような地形が形成されている。



矢谷墳丘墓に立ち寄ったのは、市内の展望がよく、地形が理解しやすいからであるが、この場所は、下本谷遺跡と同一標高にあり、しかも比較的近接していることから、下本谷遺跡と同時期の旧石器の出土も想定できる。いうこともあった。
 右下の写真【右写真③】は、矢谷墳丘墓上から東側を撮影したものであるが、写真奥に見えるのは、三次工業団地の第Ⅲ期工事現場である。
この丘陵は、下本谷遺跡を含め東に向け一連のものであり、同一標高であるこの丘陵は、馬洗川をはさみ、四拾貫町の陣山遺跡や向江田町の上山手廃寺などがある丘陵とも対応するものと考えられる。
つまり、下本谷遺跡と同時期の旧石器が存在しても不思議ではない。ということであるし、もちろん他時代の遺跡の存在も想定される。
 






右写真③】
矢谷墳丘墓から東側の丘陵を望む。



その後、一行は、中国横断自動車道尾道松江線建設工事にかかる発掘調査で調査が実施された和知白鳥遺跡や段遺跡界隈をぶらりと見学しました。
発掘調査はすでに終了しており、現地の状態は確認できないが、付近は中国自動車道とのジャンクション(三次JCT)であるため、工事が着々と進められていました。
そこで、我々は、橋脚建設工事の様子を見学するとともに、工事のため掘り込んだ穴から眺めることのできる地層などを確認しました。しかし、この日は暑かった!















【写真④(上)・⑤(下)】段遺跡周辺から橋脚工事現場を望む。


さて、コンビニエンスストアで給水と体の冷却をした後、一行は三良坂町へ。場所は、田利の宮風呂遺跡です。

 




【右写真⑥】田利から皆瀬にかけて上下川によって形成された円弧状の地形と旧石器の存在について説明する三枝代表(右)


「あついあつい」この日は、とにかくそんな日でした。そんな時は給水が一番。体を冷やしたりして熱中症対策でした。











【右写真⑦】宮風呂遺跡のある公園で休憩する三旧研一行



約半日をかけて実施した、三次市内の主だった旧石器時代遺跡見学も宮風呂遺跡を持って無事終了しました。
この後、三次市の中心部に戻り、いよいよ栃木へお帰りになる時間となった戸田先生と一行で国道54号線を南下。ナウマン象が通ったであろう地形をたどりつつ、一路広島駅へと向かいました。











【右写真⑧】広島駅にて。戸田先生との名残を惜しみ、近いうちの再会を約束しての記念撮影。



というわけで、戸田先生をお迎えしての研究会は無事終了しました。戸田先生におかれましては、暑いさなか、三次にお越し頂きありがとうございました。われわれ会員にとりまして、この2日間は、非常に濃密な時間となりました。会員一同代表しましてお礼申しあげます。
「今度は、栃木に行こう!」という声も上がっていましたね!(^^)!そうなればいいなぁ。と今から期待しております。

これで、3回にわたりお届けしてまいりました。三旧研~夏の勉強会の報告を終わります。
最後になりましたが、今回の勉強会開催にあたり尽力いただきました。戸田先生に重ねて御礼申しあげますとともに、三枝代表をはじめ多くの方に協力いただきました。文末ですが謝意を表します。

2008年8月19日火曜日

戸田正勝先生来広!三旧研~夏の勉強会~開催②

お久しぶりです。こんにちわ。三旧研のブログ管理人、久しぶり登場です。 さて、私事ですが、今月転職し、非常に慌しく日々を過ごしております。但し、日々の生活に若干余裕が出てきたというメリットもありますね。 毎日、夕食の一品を手伝うという余裕。う~む、美味です。今夜は鳥のから揚げやら野菜をたっぷし入れたサラダをこしらえまして、らっきょう酢で味付けいたしました。 おかげさまで、シュワシュワと泡を立てるビールが進んでしまいました。 えっ、いや・・・こんなことばかりしてて、ブログを横着してた訳ではないんですよ。 いろいろと・・・いろいろと~・・・。どうも、申し訳ありませんでしたm(__)m

さあ、本題に入りましょう(~_~;) 先月、この話題でお伝えしましたとおり、三次旧石器文化研究会では7月20日・21日の2日間にわたり,当研究会会員で栃木県・國學院大學栃木短期大學の戸田正勝先生をお招きし、勉強会を実施しました。
今回は、前回の続き、7月20日晩の懇親会の模様についてお伝えいたします。
市内某所の居酒屋を会場とし、会員が参加した懇親会は、遠路はるばるお越しいただいた戸田先生を歓迎する会となりました。











【右写真①】 戸田先生を囲み話題に花が咲く懇親会の様子


懇親会では、会員諸氏の近況や、近隣の発掘調査などの情報を交換したり、戸田先生を質問攻めにしたり、と、非常に盛り上がりました。
盛り上がったといえば、実は、戸田先生をお迎えするにあたり、特製のTシャツを作成したことは前回の話題でお伝えしたところです。











【右写真②】Tシャツを披露する会員三人です。



が、しかし、このTシャツには、なんと!まだ“驚き!!”の仕掛けがあったのです!!!

それがこれですっ!!!!











【右写真③】三人後を向いた様子。左から「三」「旧」「研」。

戸田先生や三枝代表をはじめ、他の会員は、Tシャツを作ったってだけで、驚きと関心を寄せてくださっていたのですが、この「三」「旧」「研」には、皆さんさらにびっくりしていました。(というより、唖然としていた。といったほうがよいのかも・・・)

まあ、そのようなわけで、なんだかんだで懇親会は、店の閉店時間まで盛り上がりまして、まだまだ話したい!といった中、終了しました。戸田先生を交え、新たなことを学び、非常に充実した一日でした。












【右写真④】懇親会最後に記念撮影


では、次回は、7月21日の活動について報告したいと思います。
なるべく、近々に。ですね。