みなさま、いつも当ブログをご愛読頂き有難うございます。
本日は、当研究会会員からいただいた下本谷遺跡に関する投稿をご覧ください。
なんと!壮大な計画のようですよ!!
笑わないでください。我が三旧研において・・・いや私が勝手に言い出しているだけなのですが、実は下本谷遺跡の世界遺産化を狙っています!
下本谷遺跡とは、何度とこのブログでも名前が登場しますし、三次旧石器文化研究会発足の契機ともなった遺跡です。この下本谷遺跡の範囲のうち、発掘調査によって明らかとなった三次郡衙跡(推定)については、広島県史跡に指定されています。
現在、そこには、畑が広がり、民家があり、寺院があります。そしてそこには、私の知人が眠る墓所があります。このように、下本谷遺跡は今も人々の生活が息づく一方、過去の道路開発等によって分断された状態で保存されている遺跡です。
しかし、下本谷遺跡が旧石器時代の遺跡であるということについては、まだまだ周知不足というか、"おもしろいぞう"と叫んでも捏造事件の後遺症か旧石器の分かりにくさ故なのか、肝心の三次市で盛り上がりません。
もちろん、遺跡は現在の生活の場である訳で、その「盛り上がり」によって悪い影響を受けるのでは、住民の方々にとって、決して快いものではないでしょう。
いったい、"暮らし"と"遺跡保護"は「歴史」というステージでどう融合していけるのだろうか。また、その遺跡の価値や保護の意義が「歴史」に消滅しないためにはどうすればよいのだろう・・・。
そんなことを考えながら、そこに住む人々が楽しく誇らしく生活する場所であることを第一に、遺跡を守りたい、知りたいという気持ちをこめて、下本谷遺跡を世界遺産にしようとつぶやいているんです。
《人類の創造的才能を現す傑作であること》から始まる世界遺産の登録基準を読んでみました。
旧石器時代における下本谷遺跡は、この《すでに消滅してしまった文化的伝統や文明に関する独特のあるいは稀な証拠を示している》と思うのですが・・・。
今、日本で唯一歓迎される文化財保護は世界遺産なのではないかという浅はかな下心が見えた方は、どうぞ笑ってください。 つづく ○
2008年9月12日金曜日
2008年9月4日木曜日
いったい?
記念すべきアクセス2222は、一体どなただったのでしょう?
ご連絡するすべも無く・・・とにかくおめでとうございます。
やはり、同じ数字が並ぶというのは気持ちよい!
ただそれだけのことなんですが・・・
ご連絡するすべも無く・・・とにかくおめでとうございます。
やはり、同じ数字が並ぶというのは気持ちよい!
ただそれだけのことなんですが・・・
2008年8月25日月曜日
戸田正勝先生来広!三旧研~夏の勉強会~開催③
こなさん、みんばんわ。あれ?間違えましたね。
当ブログをごらんのみなさん、こんばんわ。
三次は、朝晩は薄着では寒いくらいの時が訪れております。なんでも、市内三良坂町の灰塚ダムの貯水率がこの雨不足により僅少となっているとの情報を先般の報道で知りました。農業用水に関しては調整がなされるとのこと。
私、ブログ管理人にとりまして、これほどの水不足を経験した記憶はなく、驚きと戸惑いを感じています。幸い、生活用水は制限無いようですが、これから先のことを考えますと、やはり、ひとりひとり、節水に心がけることが大事であると感じました。とりあえず、家の水道メーターについている水栓を絞りました。節約にもつながれば・・・。とひそかな期待です。
さあ、前置きのつまんないのがいつも長いので申し訳ありませんが、今回も当研究会会員で栃木県・國學院大學栃木短期大學の戸田正勝先生をお招きし、勉強会を実施した話題をお届けいたします。今回は、7月21日に実施した三次市内旧石器時代遺跡見学の模様についてお伝えいたします。
【右写真①】
市内某所。このような露出した部分の地層などに注意し、見学しました。
市内のビジネスホテル前に集合し、出発し、まずは下本谷遺跡へ。配水地地点や最高所地点を見学しました。その後、矢谷墳丘墓へ。

【右写真②】
矢谷墳丘墓での一行。奥に見える山並みは、三次盆地の北際を成す部分であり、天然記念物となっている船佐山内逆断層帯の走る部分でもある。
三次盆地はこれらの土地が隆起した後、無数の河川により侵食が進んだ結果、現在のような地形が形成されている。
矢谷墳丘墓に立ち寄ったのは、市内の展望がよく、地形が理解しやすいからであるが、この場所は、下本谷遺跡と同一標高にあり、しかも比較的近接していることから、下本谷遺跡と同時期の旧石器の出土も想定できる。いうこともあった。
右下の写真【右写真③】は、矢谷墳丘墓上から東側を撮影したものであるが、写真奥に見えるのは、三次工業団地の第Ⅲ期工事現場である。
この丘陵は、下本谷遺跡を含め東に向け一連のものであり、同一標高であるこの丘陵は、馬洗川をはさみ、四拾貫町の陣山遺跡や向江田町の上山手廃寺などがある丘陵とも対応するものと考えられる。
つまり、下本谷遺跡と同時期の旧石器が存在しても不思議ではない。ということであるし、もちろん他時代の遺跡の存在も想定される。

【右写真③】
矢谷墳丘墓から東側の丘陵を望む。
その後、一行は、中国横断自動車道尾道松江線建設工事にかかる発掘調査で調査が実施された和知白鳥遺跡や段遺跡界隈をぶらりと見学しました。
発掘調査はすでに終了しており、現地の状態は確認できないが、付近は中国自動車道とのジャンクション(三次JCT)であるため、工事が着々と進められていました。
そこで、我々は、橋脚建設工事の様子を見学するとともに、工事のため掘り込んだ穴から眺めることのできる地層などを確認しました。しかし、この日は暑かった!


当ブログをごらんのみなさん、こんばんわ。
三次は、朝晩は薄着では寒いくらいの時が訪れております。なんでも、市内三良坂町の灰塚ダムの貯水率がこの雨不足により僅少となっているとの情報を先般の報道で知りました。農業用水に関しては調整がなされるとのこと。
私、ブログ管理人にとりまして、これほどの水不足を経験した記憶はなく、驚きと戸惑いを感じています。幸い、生活用水は制限無いようですが、これから先のことを考えますと、やはり、ひとりひとり、節水に心がけることが大事であると感じました。とりあえず、家の水道メーターについている水栓を絞りました。節約にもつながれば・・・。とひそかな期待です。
さあ、前置きのつまんないのがいつも長いので申し訳ありませんが、今回も当研究会会員で栃木県・國學院大學栃木短期大學の戸田正勝先生をお招きし、勉強会を実施した話題をお届けいたします。今回は、7月21日に実施した三次市内旧石器時代遺跡見学の模様についてお伝えいたします。

【右写真①】
市内某所。このような露出した部分の地層などに注意し、見学しました。
市内のビジネスホテル前に集合し、出発し、まずは下本谷遺跡へ。配水地地点や最高所地点を見学しました。その後、矢谷墳丘墓へ。
【右写真②】
矢谷墳丘墓での一行。奥に見える山並みは、三次盆地の北際を成す部分であり、天然記念物となっている船佐山内逆断層帯の走る部分でもある。
三次盆地はこれらの土地が隆起した後、無数の河川により侵食が進んだ結果、現在のような地形が形成されている。
矢谷墳丘墓に立ち寄ったのは、市内の展望がよく、地形が理解しやすいからであるが、この場所は、下本谷遺跡と同一標高にあり、しかも比較的近接していることから、下本谷遺跡と同時期の旧石器の出土も想定できる。いうこともあった。
右下の写真【右写真③】は、矢谷墳丘墓上から東側を撮影したものであるが、写真奥に見えるのは、三次工業団地の第Ⅲ期工事現場である。
この丘陵は、下本谷遺跡を含め東に向け一連のものであり、同一標高であるこの丘陵は、馬洗川をはさみ、四拾貫町の陣山遺跡や向江田町の上山手廃寺などがある丘陵とも対応するものと考えられる。
つまり、下本谷遺跡と同時期の旧石器が存在しても不思議ではない。ということであるし、もちろん他時代の遺跡の存在も想定される。
【右写真③】
矢谷墳丘墓から東側の丘陵を望む。
その後、一行は、中国横断自動車道尾道松江線建設工事にかかる発掘調査で調査が実施された和知白鳥遺跡や段遺跡界隈をぶらりと見学しました。
発掘調査はすでに終了しており、現地の状態は確認できないが、付近は中国自動車道とのジャンクション(三次JCT)であるため、工事が着々と進められていました。
そこで、我々は、橋脚建設工事の様子を見学するとともに、工事のため掘り込んだ穴から眺めることのできる地層などを確認しました。しかし、この日は暑かった!


【写真④(上)・⑤(下)】段遺跡周辺から橋脚工事現場を望む。

【右写真⑥】田利から皆瀬にかけて上下川によって形成された円弧状の地形と旧石器の存在について説明する三枝代表(右)
「あついあつい」この日は、とにかくそんな日でした。そんな時は給水が一番。体を冷やしたりして熱中症対策でした。

【右写真⑦】宮風呂遺跡のある公園で休憩する三旧研一行
約半日をかけて実施した、三次市内の主だった旧石器時代遺跡見学も宮風呂遺跡を持って無事終了しました。
この後、三次市の中心部に戻り、いよいよ栃木へお帰りになる時間となった戸田先生と一行で国道54号線を南下。ナウマン象が通ったであろう地形をたどりつつ、一路広島駅へと向かいました。

【右写真⑧】広島駅にて。戸田先生との名残を惜しみ、近いうちの再会を約束しての記念撮影。
というわけで、戸田先生をお迎えしての研究会は無事終了しました。戸田先生におかれましては、暑いさなか、三次にお越し頂きありがとうございました。われわれ会員にとりまして、この2日間は、非常に濃密な時間となりました。会員一同代表しましてお礼申しあげます。
「今度は、栃木に行こう!」という声も上がっていましたね!(^^)!そうなればいいなぁ。と今から期待しております。
これで、3回にわたりお届けしてまいりました。三旧研~夏の勉強会の報告を終わります。
最後になりましたが、今回の勉強会開催にあたり尽力いただきました。戸田先生に重ねて御礼申しあげますとともに、三枝代表をはじめ多くの方に協力いただきました。文末ですが謝意を表します。
さて、コンビニエンスストアで給水と体の冷却をした後、一行は三良坂町へ。場所は、田利の宮風呂遺跡です。
【右写真⑥】田利から皆瀬にかけて上下川によって形成された円弧状の地形と旧石器の存在について説明する三枝代表(右)
「あついあつい」この日は、とにかくそんな日でした。そんな時は給水が一番。体を冷やしたりして熱中症対策でした。

【右写真⑦】宮風呂遺跡のある公園で休憩する三旧研一行
約半日をかけて実施した、三次市内の主だった旧石器時代遺跡見学も宮風呂遺跡を持って無事終了しました。
この後、三次市の中心部に戻り、いよいよ栃木へお帰りになる時間となった戸田先生と一行で国道54号線を南下。ナウマン象が通ったであろう地形をたどりつつ、一路広島駅へと向かいました。

【右写真⑧】広島駅にて。戸田先生との名残を惜しみ、近いうちの再会を約束しての記念撮影。
というわけで、戸田先生をお迎えしての研究会は無事終了しました。戸田先生におかれましては、暑いさなか、三次にお越し頂きありがとうございました。われわれ会員にとりまして、この2日間は、非常に濃密な時間となりました。会員一同代表しましてお礼申しあげます。
「今度は、栃木に行こう!」という声も上がっていましたね!(^^)!そうなればいいなぁ。と今から期待しております。
これで、3回にわたりお届けしてまいりました。三旧研~夏の勉強会の報告を終わります。
最後になりましたが、今回の勉強会開催にあたり尽力いただきました。戸田先生に重ねて御礼申しあげますとともに、三枝代表をはじめ多くの方に協力いただきました。文末ですが謝意を表します。
2008年8月19日火曜日
戸田正勝先生来広!三旧研~夏の勉強会~開催②
お久しぶりです。こんにちわ。三旧研のブログ管理人、久しぶり登場です。 さて、私事ですが、今月転職し、非常に慌しく日々を過ごしております。但し、日々の生活に若干余裕が出てきたというメリットもありますね。 毎日、夕食の一品を手伝うという余裕。う~む、美味です。今夜は鳥のから揚げやら野菜をたっぷし入れたサラダをこしらえまして、らっきょう酢で味付けいたしました。 おかげさまで、シュワシュワと泡を立てるビールが進んでしまいました。 えっ、いや・・・こんなことばかりしてて、ブログを横着してた訳ではないんですよ。 いろいろと・・・いろいろと~・・・。どうも、申し訳ありませんでしたm(__)m
さあ、本題に入りましょう(~_~;) 先月、この話題でお伝えしましたとおり、三次旧石器文化研究会では7月20日・21日の2日間にわたり,当研究会会員で栃木県・國學院大學栃木短期大學の戸田正勝先生をお招きし、勉強会を実施しました。
今回は、前回の続き、7月20日晩の懇親会の模様についてお伝えいたします。
市内某所の居酒屋を会場とし、会員が参加した懇親会は、遠路はるばるお越しいただいた戸田先生を歓迎する会となりました。

【右写真①】 戸田先生を囲み話題に花が咲く懇親会の様子
懇親会では、会員諸氏の近況や、近隣の発掘調査などの情報を交換したり、戸田先生を質問攻めにしたり、と、非常に盛り上がりました。
盛り上がったといえば、実は、戸田先生をお迎えするにあたり、特製のTシャツを作成したことは前回の話題でお伝えしたところです。
【右写真②】Tシャツを披露する会員三人です。
が、しかし、このTシャツには、なんと!まだ“驚き!!”の仕掛けがあったのです!!!
それがこれですっ!!!!

【右写真③】三人後を向いた様子。左から「三」「旧」「研」。
戸田先生や三枝代表をはじめ、他の会員は、Tシャツを作ったってだけで、驚きと関心を寄せてくださっていたのですが、この「三」「旧」「研」には、皆さんさらにびっくりしていました。(というより、唖然としていた。といったほうがよいのかも・・・)
まあ、そのようなわけで、なんだかんだで懇親会は、店の閉店時間まで盛り上がりまして、まだまだ話したい!といった中、終了しました。戸田先生を交え、新たなことを学び、非常に充実した一日でした。

【右写真④】懇親会最後に記念撮影
では、次回は、7月21日の活動について報告したいと思います。
なるべく、近々に。ですね。
さあ、本題に入りましょう(~_~;) 先月、この話題でお伝えしましたとおり、三次旧石器文化研究会では7月20日・21日の2日間にわたり,当研究会会員で栃木県・國學院大學栃木短期大學の戸田正勝先生をお招きし、勉強会を実施しました。
今回は、前回の続き、7月20日晩の懇親会の模様についてお伝えいたします。
市内某所の居酒屋を会場とし、会員が参加した懇親会は、遠路はるばるお越しいただいた戸田先生を歓迎する会となりました。

【右写真①】 戸田先生を囲み話題に花が咲く懇親会の様子
懇親会では、会員諸氏の近況や、近隣の発掘調査などの情報を交換したり、戸田先生を質問攻めにしたり、と、非常に盛り上がりました。
盛り上がったといえば、実は、戸田先生をお迎えするにあたり、特製のTシャツを作成したことは前回の話題でお伝えしたところです。

【右写真②】Tシャツを披露する会員三人です。
が、しかし、このTシャツには、なんと!まだ“驚き!!”の仕掛けがあったのです!!!
それがこれですっ!!!!

【右写真③】三人後を向いた様子。左から「三」「旧」「研」。
戸田先生や三枝代表をはじめ、他の会員は、Tシャツを作ったってだけで、驚きと関心を寄せてくださっていたのですが、この「三」「旧」「研」には、皆さんさらにびっくりしていました。(というより、唖然としていた。といったほうがよいのかも・・・)
まあ、そのようなわけで、なんだかんだで懇親会は、店の閉店時間まで盛り上がりまして、まだまだ話したい!といった中、終了しました。戸田先生を交え、新たなことを学び、非常に充実した一日でした。

【右写真④】懇親会最後に記念撮影
では、次回は、7月21日の活動について報告したいと思います。
なるべく、近々に。ですね。
2008年7月26日土曜日
戸田正勝先生来広!三旧研~夏の勉強会~開催①
さて,三次旧石器文化研究会では7月20日・21日の2日間にわたり,勉強会を実施しました。
タイトルにもありますが,今回の勉強会には,当研究会会員で栃木県・國學院大學栃木短期大學の戸田正勝先生がご参加くださいました。三次へは約9ヶ月ぶりのご訪問となり,会員たちで広島空港へとお迎えにあがりました。
ご存知の方も多いと思いますが,広島空港というのは緑あふれる山の中に突如として現れる空港であります。そんなロケーションなので,三次からの道中は,ピクニック気分でした。
空港へ到着された戸田先生を,われわれ会員たちは,特製の旗とTシャツでお出迎えしました。
三次到着後,初日は広島県立歴史民俗資料館へと向かい,三枝代表や他のメンバーとも合流しました。先生と会員との再会を果たした後,みんなで下本谷遺跡や岡竹遺跡,宮風呂遺跡,宗祐池遺跡などの石器を見学しました。鑑賞後,戸田先生と会員たちと三次地域の旧石器文化に関しての意見交換。関東との比較に関しても興味深いお話が次から次へと出てきて,その議論は,終息することなく続いていきました。
その後,場所を市内某所の居酒屋へと変え,戸田先生の歓迎会を行いました。
久々に再会する会員も居られ,三旧研会員の親睦がより一層深まった,楽しい一日となりました。
次回は,2日目の様子をお送りします。そちらもお楽しみに。
2008年7月14日月曜日
れきみんで芸術を楽しむ~三次・県歴民「広島の工芸展」~
今日は、広島県立歴史民俗資料館の話題をお届けいたします。
といっても、考古や歴史の話題ではないですよ!
なんと、れきみんで芸術の展示会が開催されています!!
しかも、展示を担当しているのは当研究会代表の三枝健二主任学芸員です。
展示会のタイトルは『広島の工芸』展。広島県内を中心に活躍しておられる現代工芸作家の作品が一同に介しています。陶芸・漆工・人形・七宝など様々なジャンルから構成されている今回の展示会。
私自身この展示会を見て、卓越した技に感嘆するとともに、そればかりではなく、作家たちの作品にかける一方ならぬ心意気というものを感じ、胸を熱くしました。
自然豊かなみよし風土記の丘と落ち着いた雰囲気の県立歴史民俗資料館。そんな佇まいの中で、美術館とは一味違う『広島の工芸』展に足を運んでみてはいかがでしょうか?
といっても、考古や歴史の話題ではないですよ!
なんと、れきみんで芸術の展示会が開催されています!!
しかも、展示を担当しているのは当研究会代表の三枝健二主任学芸員です。
展示会のタイトルは『広島の工芸』展。広島県内を中心に活躍しておられる現代工芸作家の作品が一同に介しています。陶芸・漆工・人形・七宝など様々なジャンルから構成されている今回の展示会。
私自身この展示会を見て、卓越した技に感嘆するとともに、そればかりではなく、作家たちの作品にかける一方ならぬ心意気というものを感じ、胸を熱くしました。
自然豊かなみよし風土記の丘と落ち着いた雰囲気の県立歴史民俗資料館。そんな佇まいの中で、美術館とは一味違う『広島の工芸』展に足を運んでみてはいかがでしょうか?
2008年7月1日火曜日
中国横断道関連の遺跡調査報告会開催!だそうです。
今、広島県北では中国横断自動車道尾道松江線建設に伴う発掘調査が随時、各所で実施され、大きな成果を挙げているようです。
この発掘調査を手がけているのが、財団法人広島県教育事業団埋蔵文化財調査室です。
今回は、上記の調査室と庄原市教育委員会の主催で遺跡調査報告会が催されるとの情報を得ましたので、ご紹介します。
この遺跡調査報告会は、調査室が実施している横断道関連調査のうち、特に庄原市口和町での5遺跡の成果について報告されます。
今回は、旧石器時代から奈良時代にまでわたる様々な時代の遺跡が調査対象となっています。
なかでも三旧研としましては、旧石器の散布地であり、黒曜石や水晶の剥片が発見された向泉川平(むこういずみかわひら)1号遺跡の発表が楽しみです。
では、日時・会場について触れておきます。
日時は平成20年7月26日(土) 13:30~15:00
会場は庄原市口和町にある口和文化ホールヒューマンライツ(庄原市口和町向泉) だそうです。
なお、詳しくは、財団法人広島県教育事業団埋蔵文化財調査室のホームページをごらんください。
http://www.harc.or.jp/gyouji/index.htm
この発掘調査を手がけているのが、財団法人広島県教育事業団埋蔵文化財調査室です。
今回は、上記の調査室と庄原市教育委員会の主催で遺跡調査報告会が催されるとの情報を得ましたので、ご紹介します。
この遺跡調査報告会は、調査室が実施している横断道関連調査のうち、特に庄原市口和町での5遺跡の成果について報告されます。
今回は、旧石器時代から奈良時代にまでわたる様々な時代の遺跡が調査対象となっています。
なかでも三旧研としましては、旧石器の散布地であり、黒曜石や水晶の剥片が発見された向泉川平(むこういずみかわひら)1号遺跡の発表が楽しみです。
では、日時・会場について触れておきます。
日時は平成20年7月26日(土) 13:30~15:00
会場は庄原市口和町にある口和文化ホールヒューマンライツ(庄原市口和町向泉) だそうです。
なお、詳しくは、財団法人広島県教育事業団埋蔵文化財調査室のホームページをごらんください。
http://www.harc.or.jp/gyouji/index.htm
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